第3次小泉改造内閣の発足に伴う政府・党人事で、私は11月2日に文部科学副大臣に任命されました。「副大臣の可能性は五分五分」と思っておりましただけに、安倍官房長官から電話連絡をいただいた時は、これも支持者の皆様のおかげと喜びがわいてきました。
皇居での認証式では天皇陛下より直接「重任ご苦労に思います」とお言葉をいただいた時には父母の笑顔が脳裏をよぎり目頭が熱くなりました。その後、首相官邸での副大臣初会議、記者会見とあわただしく過ぎました。
4日には、地元で開催された「河本三郎と語る夕べ2005」がご報告の機会となり、大勢の方から副大臣就任を祝っていただきました。「河本三郎、皆様に支えられて、ここまで来ることができた」という感慨がこみ上げてきました。本当にありがたいことだと、感謝の気持ちでいっぱいであります。
首相官邸から、「文部科学副大臣、科学技術担当」の内示を受けた時、「天命だ」という思いが頭をよぎりました。私は、1992年(平成4年)の初当選以来一貫して「資源のない日本は、科学技術で国を興すべきである」という科学技術立国を提唱し続けてきました。2003年には自民党文部科学部会・科学技術専任部会長に就任し科学技術予算の拡大など科学技術振興の旗振り役を務めました。
それに何と申しましても、私の地元には、播磨科学公園都市があり、世界最高性能を誇る大型放射光施設「Spring−8」などの各種施設が整備されつつあります。これらの世界最先端技術の集約と研究・教育、関連産業の誘致、地場産業の育成、新住居環境の整備は、私が政治生命をかけて取り組んでいる課題であります。
そういう私に、文部科学行政・科学技術を担当させることを決めた小泉首相の眼力には感服いたしました。ご期待に沿うよう、一生懸命努力することは言うまでもありません。
また、小泉首相の掲げる「三位一体改革」による地方への補助金削減問題により、「義務教育費国庫負担制度」が崩壊の危機に直面しています。
「教育基本法改正問題」をめぐっても多くの意見があります。それだけに文部科学省の舵取りが注目されていますが、小坂文部科学大臣、馳副大臣とも連携して、誤りのない判断をしていかなければなりません。
2001年の中央省庁再編で設置された副大臣は、それまでの「政務次官」と違って、格段に責任が重くなりました。大臣が不在のとき、副大臣がその職務を代行します。国会審議においても、官僚が大臣に代わって答弁する政府委員制度が廃止され、副大臣が答弁にまわります。
今後、当面の活動は、文部科学省のスケジュールに沿ったものになり、多忙を極めることになりますが引き続き、ご鞭撻をお願い申し上げます。
