8日の参議院本会議で、小泉首相の公約である郵政改革関連法案が否決されました。「法案否決は内閣不信任」と明言していた首相は直ちに衆議院を解散しました。8月30日公示、9月11日投票の日程で、総選挙が行われることが決まりました。
この法案について私は、7月10日付本稿で詳しくご報告しておりますが、衆議院本会議で「賛成」票を投じました。改革案としては不十分でありましたが、その後の政府と党の修正作業結果を見極め、それなりに評価したものです。まさに苦渋の選択ではありましたが、「小さな政府を目指す」その決断は誤っていなかったと確信しております。
参議院の結果は、大変残念であり、私の主張とは違うものになりましたが、憲政の常道に従って、総選挙を選択したのは、首相の権限からして、当然のことであります。国政の最高方針が下された以上、再び、衆議院議員として国会に戻って来るために、私はこの解散を受けて立つ気迫をみなぎらせております。どうぞご理解を賜りたいと思います。
2003年11月の総選挙で、皆様の力強いご支援のおかげで、国会に復活させていただいてから約1年9か月間、「常在戦場」のことわざ通り、一日も気を緩めることなく、国家とふるさとの発展のために粉骨砕身、全力投球して参りました。
私が年初に掲げた
1、昨年の地元が受けた台風被害の復旧事業の促進
2、西播磨テクノポリス構想の一層の推進
3、播磨科学公園都市に関連する企業誘致・地場産業育成・新居住環境の整備
4、東芝新工場の誘致
5、姫路・鳥取間線の佐用インター建設
などの公約の進捗状況をみましても皆さんの大きな声のお蔭で現実のものとなり、更に県立養護学校の開校、同リハビリセンターの設置などで「少しはお役にたつことができたのでは」という思いの一方で、まだまだ努力が足りなかったことを反省し、責任を痛感しております。
私が描く研究・教育・福祉が一体となった播磨科学公園都市構想はまだ「道半ば」であります。
私は、どうしてもこれらの事業を早く完成させ、さらに、若者が定着する郷里・西播磨をつくって行きたいという強い思いに駆られております。それが政治家としての自分に課せられた最大の責務であり、使命であると自覚しております。またそれは、河本敏夫が私に託した夢でもありました。
再度迎えた政治決戦にあたり、「郷里の西播磨に世界一の光を」という初心を思い起こし、戦い抜いて議席を死守する覚悟を新たにしております。
一昨年の総選挙で、私を国会に送り出してくださったお一人、お一人のお顔を思い浮かべ、再びその方々から勇気と誇りをいただくために、河本三郎は、勇躍、そして敢然と、新たな出発点に立とうとしております。
