イラク人質事件から得た教訓
みなさま、こんにちは。
国会は、平成16年度予算が成立し、年金改革法案など重要法案の審議に入っております。
野党の民主党の迫力不足もあって「政治は平穏」といわれますが、内外の情勢は激動しております。中でも、イラクでの日本人5人の人質事件は、幸い全員が無事解放されましたが、対応を一歩誤れば、小泉内閣の屋台骨だけでなく国政の根幹を揺さぶる事件となるところでした。
人は、自分が善意であれば、他人も善意であると思い勝ちです。隣人や友人との間では、それでいいのですが、国際間ではこの関係は必ずしも成り立ちません。
イラクで人質になったボランティアやジャーナリストは、「イラク国民に何かをしてやりたい」「イラク国民の姿を世界に知らせたい」と善意と使命感にあふれた行動だったのでしょう。しかし、自分たちの動機が善意なのだから、イラク人も善意で応えてくれると考えたところに、大きな落とし穴がありました。まして政府の渡航見合わせの呼びかけを無視しているのですから、国民の間から、「自己責任」意識の欠如に厳しい批判が噴出したのは当然でした。
家族のあり方も浮き彫りになりました。人質をとった側の要求が「自衛隊撤退」と分かった段階で、家族の一部には、「人の命を救うために、自衛隊の撤退という発想がなぜ出てこないのか」という発言がありました。家族の切羽詰った感情は理解できますが、その前に、「行かせてしまった」肉親の思慮の浅い判断についての反省を述べるべきでした。家族や家庭には、問題の是非を教える重要な教育的な役割があります。
今度の事件が落着して、「非難ばかりしないで、彼らを温かく見守ってやるのが成熟社会だ」「ボランティア自体は悪くないのだから、彼らは、日本にいて ぐうたらしている若者より立派」「自己犠牲の精神を持った若者が日本にも現れた」「悪いのは、自衛隊を派遣した政府だ」などと、彼らに同情ないし評価する意見も一部マスコミに登場しました。大変もっともらしく聞こえますが、果たしてそうでしょうか。
私には、そうした意見が人を甘やかす、ポピュリズム(大衆迎合)のように響きました。本当の意味で成熟社会にするために、「自立」や「自律」、「自己責任」の問題をより深く、広く議論すべきでしょうし、また、イラクが政治的に安定するのを待って、ボランティアに出かけようと、情勢を冷静に見極めている若者やジャーナリストが大勢いることも事実です。
人質になった5人が見落としていたことを自覚し、国民も事件からいろいろなことを学んではじめて、日本が真の『成熟社会』に向かう一歩となると思います。
2004年4月20日
[衆議院]内閣委・災害特別委
各筆頭理事 [自民党]総務、文科部会専任部会長

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