再生の新年へ
相生市那波野での生活を本格的に始めてから、二度目の年の瀬を迎えました。
東京で引き続き活動している若手国会議員から、毎日のように心配や激励の電話とメールをいただきますが、その全てが、私の一日も早い復活を願う内容です。
国会議員としての8年間をふり返れば、参議院時代は、阪神・淡路大震災の復興に明け暮れた毎日でしたが、衆議院に移ってからは、若手や改革派の議員同士の交流も盛んになり、古い政治にとらわれない政策討議を積み重ねてきました。
そして実は、昨年の総選挙後にいよいよ自民党の若手議員による全く新しい政策グループを立ち上げようとしていたのです。
掲げるテーマは「憲法改正」と「構造改革と景気回復の両立」という希望の光だったのです。行動計画もまとめあげ、後はセンセーショナルな発足を待つだけでしたが、無念にもそれが、中心となる私の不在によって中断しています。私の復活を願う声が多いのは、友情はもちろんでは
ありますが、これが大きな理由です。
まさにこれから、祖国と、ふるさとのために清新の志を実行していこうとする矢先に、活動の舞台を失いました。支え続けてくださっている皆さんと国会の同士に、深い自責を感じます。
しかし、いま2001年の終わりにあたって、こころは静かです。
どこまでも、私らしく、真っ直ぐに飾らず実直に、運動を続ける以外に道はありません。
いまは、これをむしろ良い機会として、ひとりでも多くの方にありのままの私を見ていただくつもりです。那波野の実家に寝起きし、この秋には千種町や大河内町で友人宅にも泊めていただき、皆さんと苦楽を共にできることに深い喜びさえ感じる毎日です。
この地域にとって与党議員を失ったことは、国会における議決権を失ったのと同じです。新年こそ、それを回復し、同志といっしょに世直しを始めます。
年末年始は、消防の年末警戒・除夜の鐘つきで年を締めくくり、元旦の初詣・書初めから再生の年を始めます。
姿を見たら是非ともお声をかけてください。
2001年12月28日
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