新生の日
8日、父・河本敏夫の地元葬を、小泉純一郎総理を地元相生に迎え、執り行いました。地元はもとより遠く広く各地から、ほんとうに驚くほど大勢の方にお越しいただき、ありがとうございました。父が破顔一笑、会葬の列に感謝のまなざしを向けている姿が、ありありと見えるような気がしました。
小泉総理からは、弔辞と葬儀委員長挨拶の二度にわたり深い思いの込められたお言葉をいただきました。
その中で小泉総理は、「偉大な先輩のご助言を仰ぐことができなくなりましたことは、深い悲しみと共に大きな損失である」と、その壮絶な生涯を敬愛の念を持って語られました。
小泉総理は河本敏夫の目指したものが、いまだ道半ばであることを語られ、「私たちは平和を愛された先生のお気持ちを真摯に受け止め、わが国が決してかつてのような不幸な時代を迎えることのないよう、力を結集していく決意です」と、訴えられました。
そして「河本先生がひとつ思い残すことが、ご子息の河本三郎さんのことではないかと思います。三郎さんは今、歯を食いしばって再起を期してご努力されております。どうか皆様方におかれましては、河本先生の志をしっかりと受け継いでいこうと決意を固めている三郎さんに、故人と同様、変わらないご支援ご厚情を賜りますよう、私からもお願いを申し上げます」と、言葉を終えられました。私は、総理のこの熱い言葉を聞いたとき、一身が感動と責任で満たされるのを感じました。
父・河本敏夫は疑いなく、生涯、一改革者でありました。
その歩みは終始一貫、「官から民へ力を移す」という日本の根幹を改める試みでありました。これこそ、小泉総理が私たち自由民主党とともに追求する「構造改革」そのものであります。
一つの時代の終わりは、新たな時代の始まりでなければなりません。そして、西播磨にも新しい時代に相応しい真の改革の旗を立てなければなりません。私は、父の弔旗とその改革の旗を胸に、新しい歩みを刻んでいきます。
葬儀においでくださった数多くの方々、そして葬儀には来れずとも河本敏夫の冥福を祈ってくださった方々、この新しい歩みのなかでどうぞ、私と、小泉総理と、手を携えてください。
2001年7月10日

追伸
●河本敏夫の東京葬、地元葬、追悼映像などをビデオで編集予定です。ご希望の方は事務所までご連絡ください。(実費) |