科学技術の一新
日本の奇跡的な経済発展を支えてきたのは、優れたものづくりと、極めて高いレベルの科学技術です。
その科学技術は、20世紀の終末に至って、IT(情報通信技術)分野でアメリカに遅れをとり、さらに茨城県東海村の臨界事故や宇宙ロケットの打ち上げ連続失敗などによって信頼性が揺らぎ、それが日本の先行きに対する不安感を大きく増幅させました。
不安感は、当面の景気回復の足も引っ張り、20世紀最後の10年に、日本の思いがけない沈滞をもらたしました。
しかし私は、これは日本の将来にとって悪い面ばかりではないと考えます。
すなわち、この国の科学技術には 独創性が薄く新規分野を切り開く積極性に欠ける
そのためにアジア諸国をはじめ背後から追いかけてくる国の圧迫を常に受ける
―という負の面がありました。
 ところが、これまでは「それでもうまく行っているのだから」という甘えが政府から学界、企業、国民意識に至るまで浸透し、現状を惰性で維持するだけという実態が長く続いてきました。
そのために、まず大学が弱り、学問研究にとって最も大切なエネルギーである進取の精神を失いました。政府も、予算を価値ある研究に集中的に選別投入する工夫を、つい怠りがちになりました。
日本の大学の水準を国際的に見れば、国民が思っているよりも、相当に低い水準に落ちているのが本当の今の姿なのです。
日本はここで過去に安住せず、科学技術のあり方を一新すれば、それを直接的なエネルギーとして、国と国民の未来像を再生することができます。

信頼性が揺らいで不安が起きたことは、政治がうまく活用しなければ、下降する国運の足をさらに引っ張るだけですが、政治が前向きに捉え直して活用すれば、再生の素晴らしい動機とすることができます。
それは「政治」という抽象的なものより、まず第一に、ステーツマン(ほんとうの意味の政治家)がどこまで積極果敢、前向きの姿勢を持つことができるかという、具体的な人間性の問題です。
私は技術者出身のステーツマンとして、国政に復帰を果たせば、まず大学への研究用予算と研究補助費の拠出について、旧来の硬直的な配分を直ちにあらためます。
国公立、私立を問わず、近視眼的な成果より未来を見据えた先端技術研究に腰を据えて取り組む大学・研究機関に、予算を大胆に重点配分するのです。
また、研究者の給与が年功によって決まる現状を変え、価値ある先進研究を行っている研究者、また逆に日本の伝統的アドバンテージを守る研究を地道に行っている研究者を中心に、高給を思い切って支給します。
また、IT革命による変革が各分野でスムースに行えるようにするためにも国の支援は不可欠です。
IT革命とは難しい話ではありません。要は、インターネットの環境を整備することにより、双方向の情報技術を利用した業務変革や電子商取引(eコマース)での仕入販売拡大などを進めることだと私は解釈しています。
日本は実は、アメリカに遅れをとったはずのIT分野でも、モバイル(携帯)技術ではアメリカを上回る技術力を既に備えています。
先端研究と、日本人の伝統的な手先の器用さ、細かな技術が得意である特徴がうまく結びついている好例です。
官民がいい一体感を持ってスタートさせたBSデジタル放送も、モバイル技術と結びついて、予想を超えた画期的な成果を、社会やマーケット(市場)にもたらす可能性があると私は考えます。
21世紀の日本のステーツマンの知性は、旧来の東大法学部出身型ではなくて、理系エンジニア出身型が主流になる必要があります。技術開発を国政で扱う際に、新世紀になってますます素人感覚だけでは分かりにくくなるからです。
私は、国会に出る前の自分のキャリアを客観的に振り返るとき、自らにその21世紀型ステーツマンたる資格があると、信じることができます。

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